Author:☆まこっぴ☆ タイトル通り、猫と熱帯魚の日記です(^^;)しかぁ〜し!最近は何でも書いています(汗ガンプラと小ネタが増えつつあります。。。バトンは苦手なんでご容赦をm(_ _)m
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阪神大震災が起こった時、私は高校生でした。
私は静岡ですが、その日の朝、ニュースを見て呆然でした。
震災の被害に遭われた方々の苦しみ、悲しみ。復旧作業に携わった方々の苦労・・・。私には想像することもできません。・・・もう13年経つのですね。
静岡は、大地震が発生すると言われ続けています。
5〜6年前に一度、震度5強の地震に見舞われたことがあります。
おそろしかったです。深夜、部屋で寝転んでテレビを見ていると、いきなり光が射すように空が明るくなり、「何だ・・・?」と思った瞬間、ドカンときました。「ついに来たか・・・」と、死をも覚悟しました。
その後の余震も恐ろしく、その日は一睡も出来ませんでした。
実は、いつ起こるか気が気でないです。
それからというもの、枕元には着替えや貴重品を詰めたバッグ、懐中電灯を置くようになりました。
そしてベッドに入ると、何事も起こらないでくれと思いながら寝ます。そうしないと、怖くてたまらなくなる時があります・・・。
ひらめの実家は、神戸市内だったので大変でした。
(ひらめはすでに東京暮らししてました。)
目の前に電車が降ってきた。
幸い、助かったので良かったですが、知り合いが沢山犠牲になり。
その節は、まこっぴさんの様に色んな方が遠くから復旧作業に来て頂いて、有難う御座いました。
あの光景は、何時までも忘れられません。
ニュースで見てたら、小学生は勿論経験無し、中学生でも「小さい頃で記憶が無い」子が多いんですね。
時代の流れは早いものです。
ただ、追悼行事は今後とも要継続ですね。
全国何処でも、何時被災するか分からないのに、何だか他人事に思ってしまう(または他人事に思わないと不安過ぎて生きていけない)心を、毎年一度は引き戻してくれるいい機会だと思っています(何だか変な文になってます?)。
去年の3月には同じく被災していたかもしれないので、考えさせられます。
震災といえば、かつてサトエリさんがラジオで語ってくれた当時の実体験のお話を思い出しました。
父がカーラジオを使って皆に情報提供をした事、ローカルラジオ局のDJさんが必死に局に辿り着き「皆に放送を届けないと!」という使命感で放送された事・・・、(語ってくれた)番組のMCがデーモン閣下だったのでかなり真剣に取り上げて下さったのを良く覚えています。
そういえば、追悼行事に3月に被災した輪島市の方々も参加されたそうです。
その節は大阪・兵庫からたくさん助けて頂きました。有り難う御座いました。
書く内にどんどん纏まりの無い文章となってしまいましたが、少しでも伝われば・・・、と思います。
ただ、「終戦」と違いこの先何時我が身に襲い掛かるかも分からない「地震」。
「近い将来起こるかもしれない地域」「既に大地震があった地域」、どちらも油断できません。
石川県自体「地震と程遠い地域」だったのに起こりましたから。
※ホント読み難くなってしまいました。すいません。
こんばんわ〜
個別にレスをすると、重複しちゃいますし、まこっぴの脳みそから煙が出そうなので(笑)まとめて返事させていただきますね(^^;)
復旧に行ったといっても、会社の指示で行ったわけですし、ちゃんとサラリーも出てたのでボランティアで向かわれた方は、本当にすごいと思いましたね。
それに引き換え、最初のうちは日帰りで通い、寝るときは家の暖かい布団で寝てましたしね。
まぁ、さすがに現場に向かう時間がすごくかかるので、しばらくしたら現場にプレハブ建てて泊まりこみましたけど(笑)
SPEED★KINGさんが当時高校生だったそうですが、それでもあれだけ覚えてるのですから、現場で当時小学生ぐらいだったチビなんかは、もっとトラウマとかあるんでしょうね。。。。
すでにおっさんだったまこっぴでも、夢に出るぐらいですから(笑)
ひらめさんも実家は関西だったとおっしゃってましたよね。
知り合いに犠牲者がでたのならなおさらですね。
それまで他人事だった他の国の災害とかが、いつ何時自分に降りかかるのか分からないって、通感しましたし。。。。
まこっぴは、復旧といっても、関西電力じゃなかったので、通電された電柱から2次側の配線、照明などの作業だったんですよ。
ほんとに、通電、給水事業etcされてた方は文字通り不眠不休で働いてらっしゃいましたし。。。
自分の家も被災して、ばーちゃんも亡くなってるのに、みんなのために電柱に登ってる、現地で仲良くなったおっちゃん。。。。。
見てて、「こいつすげーぞ!」って思ってました。。。。
爆裂さん、全然変な文じゃないっすよ(笑)
まこっぴも文才がないので、どこが変なのか気付いてないだけかもしれませんが(笑)
現地は、ほんとみんなが(言葉の使い方間違えてるかもですが)変なテンションっていうか、「なんとかせな!」っていう空気で、人間って強いかも?って思ってましたね。
作業で、街灯を付けてた時なんですけど、横の炊き出しのテントから、腰の曲がったばーちゃんがやってきて
「おつかれさんです、ここ、夜になると真っ暗やから照明付くと助かるわ〜。昨日から電気も来たから、炊飯器でお米も炊けるし。」
「でも水がまだ来てないから、お米をちゃんと洗えてないねん。。。ヌカ臭いかもしれんけど、良かったら食べてね〜」
って握り飯と豚汁くれましたわ。。。
確かに、洗ってない米やから臭かったし、何回もブレーカが落ちたのか、芯の残った米やったけど(笑)
でもめっちゃ美味かったのを思い出しました。
かと思えば、炊き出しの恩恵にあずかれない、現地の作業員相手に、一個1000円とか1500円で不味そうな弁当を売ってる奴とか
カメラ片手に倒れたビルとかマンションの写真を笑いながら「すげーー!」って撮影してる、あきらかに野次馬みたいな奴・・・・
報道は腕章つけてたし、記録として撮影してる個人の写真家は、装備とかで見たら大体判別できるけど、そいつは明らかに面白半分やった・・・
(だって、そいつ・・・使い捨てカメラやもんw)
「おい・・・おまえが笑いながら撮ってるマンションな・・・一昨日、やっと小さい娘さんが見つかって、亡き骸を見ながら、両親がずっと泣いてはった場所やで・・・・お前がタバコポイ捨てしたその場ね・・・」
けど、こいつも同じ人間なんやねんなぁ・・・悲しいけど。。。
んじゃ、まこっぴお前はどれだけ偉いのよ?って聞かれたら、そいつに注意も出来へんかったし、たまたま電気工事の仕事してて、業務命令で行っただけなんすよね。。。
ほんと、一年に一回ぐらいは思い出して防災とか考えないといけませんよね。
でも、一番いいのは、
「やべー!水槽大丈夫やった?」
って奥さんの無事を聞く前に水槽の心配をして、こっぴどく怒られる程度の笑い話で(笑い話か?ww)済む程度の小さい地震なのが一番いいのかもしれませんね(^^;)
激しく長くなりましたし、ちょっとアルコール入ってるので文面がおかしいかもですが、ご容赦をm(_ _)m
がもう13年ですか。私が覚えているのはたしかとっさに焼け出された人にツケで物売った良心的なコンビニがいたこと、同時にぼろ儲けしようとしてカップ麺千円でうった雑貨屋がいて、そやつは最後は店をたたむはめになったことです。そういう風に厳しい状況で助け合える
当たり前のようですけどホンとに安心ですよね。
アメリカで去年大洪水起こったときは火事場泥棒が続出して大変だったと聞きます。
会社の同僚であの地震でマンション1つパー、買い替えで返済にくるしんでいるやつもいます。
やはり忘れないようにしたいもんです。
とらりんさん、ばわ!
思い出しましたわ。
知り合いにも被災者がいらっしゃるんですね。
そういう話を聞くと、やっぱ生き死にも大事ですが、お金も大変なんですよね〜(^^;)
あんまり想像したくないですけど、もしもその状況に置かれた時に、ちゃんと助け合えるような人でいたいもんですね(^^;)
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